勤労の権利・義務(1)

現在の憲法では三つの国民の義務が定められており、そのうちのひとつが27条1項の「勤労の義務」ということになっている。

日本国憲法
(中略)
第三章 国民の権利及び義務
(中略)
第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
(以下略)

この27条1項が法学の世界ではどのように解釈されているのか気になったので、いくつかの文献を調べることにする。

最初の文献は「中学上級生・高校生に憲法をしっかりと理解してもらうため」に執筆された一冊、杉原泰雄『憲法読本』岩波ジュニア新書36(ISBN:4005000363)。本書は今月になって「第3版」(岩波ジュニア新書471、ISBN:4005004717)が発行されたが、以下は1981年に発行された最初の版からの引用。

I 現代社会と立憲政治(略)
II 日本の立憲政治のはじまり──大日本帝国憲法明治憲法)──(略)
III 明治憲法から日本国憲法へ(略)
IV 日本国憲法のしくみ
1 基本的人権の尊重
(一)自由権とはなにか(略)
(二)社会権とはなにか
日本国憲法社会権も保障しています。自由権の保障だけでは、すべての国民に人間らしい生活を保障することができないからです。学問の自由が保障されていても、貧しい人は本を買うことも学校へかようこともできず、学問をすることも教育を受けることもできません。職業選択の自由が保障されていても、失業者、老齢者、疾病者などは、それだけでは食べていくことも生きていくことも保障されません。人間らしい生活を営むだけの財産をもっていない人たちに、人間らしい生活を営むために必要な権利(社会権)を保障しなければなりません。
(a)生存権(略)
(b)教育を受ける権利(略)
(c)勤労の権利と勤労基準の法定
第二七条は、一項で勤労の権利を保障しています。勤労(労働)の権利とは、労働の機会を国から妨害されないように保障するだけではなく、労働の能力がありながら労働の機会をえられないでいる失業者に労働の機会を保障するよう国に義務づけるものです。国に職業の保障を求める権利といってもいいでしょう。日本は社会主義国ではなく、国が労働の機会のすべてをにぎっているわけではないので、失業者に適当な職を紹介できないことが当然におこります。その場合には、国は失業保険やその他の方法によって失業対策をしなければなりません。職業安定法とか雇用保険法などは第二十七条一項にもとづくものです。(以下略)
(d)労働三件(第二八条)(略)
(三)受益権とはなにか(略)
(四)参政権とはなにか(略)
(五)法の下の平等(略)
(六)基本的人権の限界(略)
(七)刑罰による基本的人権の制限(略)
(八)国民の義務
基本的人権にかんする問題として、国民の義務の問題も簡単に検討することにしましょう。
明治憲法は、臣民の義務として、兵役の義務と納税の義務を定めていました。この二つが臣民の義務のうちでとくに大切だと考えたためでしょう。明治憲法下では、この二つの義務に教育の義務をくわえて、「臣民の三大義務」とよんでいました。
いまの憲法は、三つの具体的な国民の義務を定めています。
(i)保護する子女に普通教育を受けされる義務(第二六条二項)(略)
(ii)勤労の義務(第二七条一項)
国民は、勤労(労働)の権利をもっているだけではなく、勤労の義務をももっています。勤労の義務とは、勤労の能力のある人は自分の勤労によって自分の生活を維持すべきだということです。しかし、それは、勤労の能力をもちながらも勤労する気持ちをもっていない人に勤労を強制すること(強制労働)まで認めているわけではありません。憲法は、私有財産制を採用して自分の財産収入で生活することを認め(第二九条)、さらに職業選択の自由も認めているからです(第二二条一項)。したがって、この義務は、勤労の能力をもちながら勤労する気持ちをもっていない人については、国に生活や就職の保障をする義務がないということを意味することになります。生活保護法(第四条一項、第六〇条)や雇用保険法(第三二条)などは、この趣旨を再確認しています。
(iii)納税の義務(第三〇条)(略)
(九)現代社会と基本的人権(略)
2 戦争の放棄(略)
3 国民主権と議会制民主主義(略)
4 権力の分立(略)
5 地方自治の保障(略)
6 象徴天皇制について(略)
V 日本国憲法はどのように運用されてきたか(略)
VI 明るい未来を求めて(略)

27条1項の解釈は憲法学者によって違いがある。そのような解釈の相違を反映して、文献によって項目の並び方にも違いがあって、

  • 勤労の権利の解説が先にあり、勤労の義務の解説が後にくる
  • 勤労の義務の解説が先にあり、勤労の権利の解説が後にくる
  • 勤労の権利の解説だけがあり、勤労の義務についての解説がない

おおまかにいって、この3種類の形式があるようにおもう。このような項目の並び方の違いもわかるような引用をこころがけたいのだが、なかなか難しい。