勤労の権利・義務(6)

長谷部恭男『憲法 第2版』新世社ISBN:4883840239)。著者によれば「標準的な教科書に対するもう一つの(alternative)教科書となることを目指している」(初版へのはしがき)とのこと。たしかに、勤労の義務に関連して「遺伝による希少な能力や容姿」に触れている教科書は他にないのかもしれない……。今年になって第3版(ISBN:4883840670)に改訂されたが、以下は2001年発行の第2版からの引用。

I 憲法の基本原理(略)
II 憲法上の権利保障
5 権利保障の基本問題
5.1 憲法上の権利と人権
5.1.1 人権の歴史(略)
5.1.2 人権の観念(略)
5.1.3 国民の義務・抵抗権
(1)国民の義務
日本国憲法は,三種類の国民の義務を条文上,規定している。
(a)勤労の義務
憲法27条1項は国民の勤労義務を定める。これは,人が労働にいそしむべき道徳的義務を負うことを宣言しているにとどまる。金利などの不労所得によって生活することを法律で禁止し,勤労を法的に強制するならば,かえって憲法18条および19条違反の問題を生じよう。また,勤労所得と不労所得の区別自体きわめて困難である。野球選手やアイドル歌手が両親からの遺伝による希少な能力や容姿のために高い所得を得ている場合,その所得の一部は遺伝に基づく不労所得と見る余地があるし,また,額に汗して多くの情報を収集・処理し,所得を得ている金利生活者もいるであろう。

生活保護法4条1項や雇用保険法4条3項が,生活扶助や失業保険金の給付の前提として,働く能力や意思の存在を前提としていることを,憲法の定める勤労の義務の帰結とする見解も存在するが,勤労の義務が憲法上定められていない限り,このような規定に憲法上疑義が生ずるとするのであればともかく,そうでない限り,この種の規定は立法裁量に委ねられたものであって,勤労の義務が憲法に定められているか否かとは関係がない。
(b)教育の義務(略)
(2)国民の遵法義務(略)
(3)抵抗権(略)
5.2 公共の福祉と人権(略)
5.3 憲法上の権利の享有主体(略)
5.4 憲法上の権利の適用範囲(略)
6 包括的基本権(略)
7 平等(略)
8 自由権(略)
9 社会権
9.1 社会権自由権(略)
9.2 生存権(略)
9.3 教育を受ける権利(略)
9.4 労働に関する権利
9.4.1 勤労の権利
憲法27条1項は国民の「勤労の権利」を定め,同条2項は,「賃金,就業時間,休息その他の勤労条件に関する基準は,法律でこれを定める」とする。とくに「児童は,これを酷使してはならない」とされる(同条3項)。第2項の規定を受けて,労働基準法が制定されている。

契約の自由と勤労条件の法定
勤労条件を法律によって定め,それに反する契約を無効とし(労基法13条),あるいは罰則を科して担保することは(労基法117条以下),私的経済活動の自由と衝突するのではないかとの視点がありうる。ニューディール期の労働者保護立法を,当時のアメリカ連邦最高裁が,憲法によって保護された契約の自由に反する違憲の立法と判断したのはこのような考え方の例である(Lochner v. New York, 198 U.S. 45 (1905))。しかし,この視点は,私的経済活動の自由そのものが,民法や商法をはじめとする法制の存在を前提としており,その限りで,国家によって創出されたものであることを忘れている。財産権の内容が「公共の福祉に適合するやうに,法律で」定められるように,労働力の売買に関する契約は,法律によって定められた勤労条件をベースラインとして,はじめて成立しうる。その背後に,法定の勤労条件から自由な「本来の契約の自由」があるわけではない。

法律によって定められる勤労条件についても,それがベースラインとして想定される以上は,生存権の場合と同様に,国会といえども全く自由にこのベースラインから外れた条件を規定することは許されないという「自由権的効果」が問題となりうる。この「自由権的効果」がありえないとすると,財産権の憲法上の保護もありえない(9.1.2参照)。

9.4.2 労働基本権(略)
9.4.3 公務員の労働基本権(略)
9.4.4 公務員の労働基本権──判例の展開(略)
10 参政権(略)
11 国務請求権(略)
III 統治機構(略)

27条1項の「勤労の権利」についての記述だけではさびしいので、27条2項・3項についても引用してみました。この記述量の差は、27条では1項より2項・3項のほうが重要だということなのでしょう。さらに教科書における記述量でいえば、憲法学者のおおくが27条よりも28条の「労働基本権」のほうが重要だと考えているようです。