勤労の権利・義務(4)

佐藤幸治憲法〔第三版〕』青林書院(ISBN:4417009120)。この本も「通説」や「基本書」とよばれる教科書のうちのひとつ。

第一編 憲法の基本観念と日本憲法の展開(略)
第二編 国民主権と政治制度(略)
第三編 裁判所と憲法訴訟(略)
第四編 基本的人権の保障
第一章 基本的人権総論
第一節 近代人権思想とその現代的展開(略)
第二節 わが国における人権思想の展開(略)
第三節 基本的人権憲法的保障とその保障の限界(略)
第四節 基本的人権の諸類型(略)
第五節 基本的人権の享有主体(略)
第六節 基本的人権の妥当範囲(略)
第七節 国民の憲法上の義務
(1)総説(略)
(2)基本的人権に関する一般的義務(略)
(3)子女に教育をうけさせる義務(略)
(4)勤労の義務
憲法は、「すべての国民は、勤労の……義務を負ふ」(二七条一項)と定める。この義務も、勤労能力のある者は自らの勤労によりその生活を維持すべきであるという建前を宣言するにとどまり、強制労働の可能性を認めるものでは決してなく、その意味で精神史的文脈で理解さるべき性質のものである。ただ、この義務の宣明は、社会国家においても、勤労能力を有しながら勤労の意思のない者に対しては社会国家的給付は与えられない、という趣旨を伴うものと一般に解されている。
(5)納税の義務(略)
第二章 包括的基本権(略)
第三章 消極的権利(略)
第四章 積極的権利
第一節 受益権(略)
第二節 社会国家的権利
I 生存権(略)
II 教育をうける権利(略)
III 勤労の権利
(1)総説
憲法は、「すべての国民は、勤労の権利を有し、(義務を負ふ)」(二七条一項)と定め、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」(同条二項)ものとし、また「児童は、これを酷使してはならない」(同条三項)と規定する。社会国家にあっても、国民の生活は各人の勤労によって維持されるのが原則であり、本条は、勤労によって生活しようとする国民に対し勤労の権利を保障し、またそのような国民のために勤労条件の基準を法定すべきことを要求したものである。
(2)「勤労の権利」の保障の性格と内容
本条の「勤労の権利」について、これを自由権の一つとして解する立場もないではないが、一般には社会権の一種として理解されている。つまり、資本主義的経済体制を前提とした上で、私企業への就職ができない場合に、就職の機会が得られるように国に対して配慮を求め、なお就職できない場合には、雇用保険制度などを通じて適切な措置を講ずることを要求する権利であるとされる。ワイマール憲法は、「すべてのドイツ国民には、経済的労働によりその生活資料を得る機会が与えられるべきである。適当な労働の機会が与えられない者に対しては、必要な生計費が支給される。詳細は、特別のライヒの法律によりこれを定める」(一六三条二項)と規定していたが、右の理解はこれと共通するものといえる。かかる「勤労の権利」は、日本国憲法が前提とする社会経済体制を前提とする限り、具体的請求権ではありえないとするのが支配的見解である(注略)。
もっとも、社会権としての勤労の権利は、勤労の自由を前提としていると解されるから、その自由の侵害は本条ないし二二条一項または一三条違反となる(注略)。また、本条をうけて職業安定法雇用対策法雇用保険法などの多くの法律が制定されたが、これらの法律の解釈運用にあたって本条の趣旨が生かされなければならない。さらに、「勤労の権利」が一定の範囲において私人間においても妥当し、例えば使用者の正当な事由のない解雇を制限する根拠となりうることに留意する必要があるだろう(注略)。(以下略)
IV 労働基本権(略)
第五章 能動的権利(略)
第五編 平和主義(略)

勤労の義務については、立憲主義の立場から「国民の義務は、基本的人権の保障を可能ならしめるための公共の福祉の維持を、個人の側から捉えた観念ということができる」(441ページ)という解釈がここでは前提となっている。