勤労の権利・義務(2)

阿部照哉『憲法〔改訂〕』青林書院(ISBN:4417007780)より引用。

第一編 総論(略)
第二編 基本的人権
第六章 基本的人権総説(略)
第七章 包括的基本権(略)
第八章 精神的自由権(略)
第九章 経済活動の自由(略)
第一〇章 人身の自由(略)
第一一章 社会的基本権
基本的人権はその成立の由来において、また今世紀にいたるまでの発展発展において、個人の自由権を中核とするものであったが、資本主義の発達が失業、貧困などの社会不安をもたらし、国家の手による公的救済を不可避とするようになると、新たな社会国家的政策の要請は、第一次大戦後のワイマール憲法をはじめとして、基本権保障のなかにその表現を見出すようになる。はじめは「国政の指針」の宣明として、次いで「個人の権利」の確立への道をたどる、二〇世紀的基本権の登場がこれである。

日本国憲法は、このよな社会権的基本権または生存権的基本権として、生存権(二五条)、教育を受ける権利(二六条)、勤労権(二七条)および労働基本権(二八条)を保障している。
第一節 生存権(略)
第二節 教育を受ける権利(略)
第三節 勤労の権利
一 労働権
「すべての国民は、勤労の権利を有し、その義務を負ふ。」(二七条一項)。
国民にその生存を維持するための具体的手段として労働権を保障する規定である。憲法制定時の政府見解では、勤労の権利は、この権利を充実する政策を推進する政治的義務を国家に課すことはあっても、権利自体はあくまで自由権と考えられていた。ワイマール憲法の、「すべてのドイツ人は、経済的労働によってその生活資料を獲得する可能性が与えられる。適当な労働の機会が与えられない者に対しては、必要な生計についての配慮がなされる。詳細は、特別のライヒ法律によって定める。」(一六三条二項)という規定がモデルを示していたのである。したがって、労働権は、労働の意思と能力を有する者に労働の機会を求める具体的な権利を保障するものとは解されない。資本主義経済体制の下では完全雇傭の条件が整っていないからである。
他方、労働権を純粋な自由権にとどめるのは、職業選択の自由と重複する。そこで、労働の意思と能力を有しながら職場を見出しえない者が国に対し労働の機会の提供を求め、それが実現しないとき、相当の生活費の支給を請求しうる権利という、限定的な労働権の考え方が妥当する。さらに、労働権を具体化する立法を媒介として、二七条一項に裁判規範としての効力をみとめ、労働権の司法的保障をはかる方法が見出されるべきであろう。
二 労働条件の法定・児童酷使の禁止(略)
第四節 労働基本権(略)
第一二章 国務請求権(略)
第一三章 参政権(略)
第一四章 国民の義務
前国家的性格の国民の基本的人権に対応するような基本権的義務の存在は考えられない。一般に国民は、国家に対するその受動的な地位からして適法な国権の発動に服さなければならないという一般的義務を有するが、これは憲法による根拠づけを要する法的義務というより、倫理上の要請である。憲法の保障する自由と権利を不断の努力によって保持し、これを濫用することなく、公共の福祉のために利用する国民の義務(一二条)も同様である。基本権が個人の利益のためにのみあるのではなく、社会全体の福祉向上のために保障されるものであることを明らかにしたものであり、基本権が権利であると同時に義務だというのではない。

これに対し、憲法は個別的に国民の義務を根拠づけることができる。明治憲法は兵役の義務(二〇条)と納税の義務(二一条)を定めていたが、日本国憲法の定める国民の個別的義務は以下の通りである。

一 教育の義務(略)

二 勤労の義務
「すべての国民は、勤労の権利を有し、その義務を負ふ。」(二七条一項)。
勤労の権利についてはすでに述べた(第一一章三節)。勤労の義務は、国民に対し現実に勤労を強制することができ、義務違反に対して制裁を加えることができるという意味に解するときは、憲法が広範な経済活動の自由を保障していることと一致しない。したがって、憲法上の義務ではあるが、実質的には、「国民は自らの勤労により生計を維持すべきである」という道義的義務を定めたものと解させれる。類似の規定として、ワイマール憲法の「すべてのドイツ人は、その精神および肉体を公共の福祉に適するよう活用する倫理的義務を負う。」(一六三条一項)、および一九三六年のソヴェト憲法の「ソ連邦における労働は、『働かざるもの食うべからず』の原則にしたがい、労働能力あるすべての人民の義務であり、かつ名誉である。」(一二条一項)という規定があるが、わが国の憲法の規定の趣旨は前者に近いといえよう。
しかしながら、勤労の義務の消極的な側面として、正当な理由なくして、勤労の義務を履行しない者に対して、国が最低限度の生活の保障を行なわないという意味で、義務の履行を生存権保障の前提条件とすることは許されよう(生活保護法四条一項、失業保険法三条一項参照)。

納税の義務(略)
第三編 統治機構(略)

ワイマール憲法ソビエト憲法との比較が特徴でしょうか。「働かざるもの食うべからず」は聖書に由来する言葉だったとおもうのですが、そんな宗教的背景をもつ言葉が社会主義国家の憲法に採択された事実が興味ぶかい。