5.調査結果についての注意点(1)

「地域疫学調査による「ひきこもり」の実態調査」(PDFファイル)で、ひきこもり状態の子をもつ調査対象者は1646人中14人であることは、さきに確認したとおりです。この調査結果について、報告書では、対象者個人ではなく「世帯」を対象とした調査と解釈しています。この解釈の根拠はふたつの事実です。

  1. ひきこもり状態の子ありの全例で、そのような状態の子は1人だけ
  2. 調査対象数は調査対象世帯数と同数

これらを根拠にして、さきほどの「ひきこもり状態の子をもつ調査対象者は1646人中14人である」という調査結果を、

1646世帯中14世帯にこのような問題をもつ子ども〔=ひきこもり状態の子〕が存在するといってよいだろう

と報告書では読みかえているわけです。

このようにして「ひきこもり状態の子が存在する世帯は、1646世帯のうち14世帯」という調査結果が得られました。この結果は、母集団から取り出された1646世帯、つまり母集団の一部である標本のデータからわかった調査結果です。ただし、ここで注意しなければならないのは、この1646世帯という標本は母集団からランダムに取り出された標本だったことです。ランダムに取り出された標本では、その標本のデータから母集団について推測することが可能です。では、どんなふうに推測するのでしょうか。

とりあえず簡単な計算をしてみましょう。1646世帯の標本のうち14世帯にひきこもり状態の子が存在するのですから、14を1646で割ると「14÷1646=0.0085」ということで、標本における「ひきこもり状態の子がいる世帯の比率」は0.0085(0.85%)になります。このとき母集団における「ひきこもり状態の子がいる世帯の比率」も0.0085(0.85%)であると推測するのは妥当なかんがえかたです。報告書でも0.85%という率が採用されているのは、このような標本から母集団への推測がおこなわれているからです。

報告書では、この0.85%を平成14年度の日本の総世帯数にかけることで約41万世帯という数字をみちびきだして、ここから「全国で約41万世帯にひきこもりが存在する」という結論につなげています。しかしここで注意するべきことは、

  • この疫学調査の母集団は、全国の成人ではない

という点です。

標本を取り出した母集団は「岡山、鹿児島、長崎3県で20歳以上の一般住民」でした。この事実を厳密にとらえるならば、標本からわかった「ひきこもり状態の子がいる世帯は0.85%である」という調査結果は、いくら統計的方法で推測をおこなっても、その調査結果は「岡山、鹿児島、長崎3県で20歳以上の一般住民」という母集団にしか妥当しない。つまり「岡山、鹿児島、長崎3県で20歳以上の一般住民」という母集団からランダムに取り出された標本にもとづいて全国レベルの結論をみちびきだすことは──統計的方法を厳密に適応するならば──根拠のない想像にすぎない、ということになります。

もちろん報告書の執筆者も、このような統計学の初歩的な問題点に気づいているはずです。そのような問題点に気づいているからこそ、報告書の「D. 考察」で「本調査の問題点」として「調査地域が西日本に偏っており、また大都市部が含まれていないこと」をあげているわけです。そして、このように調査の標本に大都市部の居住者がふくまれていないこと、そして調査の協力率が56.4%だったことから「今回の推定値は、実際の値より低めに出ている可能性が考えられる」と考察しています。つまり、実際には全国で約41万《よりもさらに多くの》世帯にひきこもりが存在するのではないか、このように報告書は主張しているわけです。